今は一体何時なのか。
夜の森を、目的もなく歩き回るのは危険だ。
気温が下がり、体温も奪われる。
気を付けていても、必ず何かに足を取られる。
ましてここはオーガ・フォレストだ。
他の森のように、野生動物だけに気を付けていれば一夜を過ごせるほど甘くない。
下手に眠ってしまえば即魔物の餌となる。
常に慎重に、周りに気を配っていなければ、全滅だ。
今日は眠れないだろうと覚悟を決めたカリンに、信じられない光景が飛び込んできた。
……眠っている。
クラウドは棒付きキャンディーを口に入れたまま、イルは大きな口を開けて。
百歩譲って、クラウドやイルは許すとしても、だ。
何故ラウトまで眠っているのか。
木に体を預け、気持ち良さそうに寝息を立てる。
あまりに無防備。
偉そうで、真面目で、常に気を張って生きている彼と同一人物とはとても思えなかった。
「うっ……か、……さ……」
「え……ラウト……!?」
カリンは我が目を疑った。
ラウトの瞳から零れ落ちた雫。
それは頬を伝って服を濡らし、跡を残す。
まるで物語の中のようだった。
彼と初めて出会ったあの夜のように、月が二人を照らす。
クラウド達がいるというのに、ラウトと二人きりの空間に迷い込んだかのように錯覚してしまう。
寂しげなその寝顔は、カリンの心をも濡らした。
気付いた時には、彼の頭を撫でていた。
何度も何度も、大丈夫だからと安心させるように。
繰り返しているうち、だんだんと眉間に寄せられた皺が消えていった。
ラウトの瞳に溜まった涙は、顔の緊張が緩むと同時に流れた。
一筋の、零れた想い。
これが本当のラウトなのだと、そう思った。
それを拭おうと手を伸ばす。
もう少しで触れられる距離まで手を伸ばした時、言葉に遮られた。
「そっとしておいてあげなよ」
イルの声だ。
驚き振り向くと、イルはこちらに背を向けたまま寝そべっていた。
「イル、起きてたの!?」
「はは、実はね。……彼、きっと疲れてるんだと思うよ。本当、キルバス公は意地っ張りでいけない」
「うん……そうだね。本当、そうだね」
ここに来る前に能力を使ったのだから、疲労だって三人の何倍もあるだろうに。
だが、彼は絶対に弱音を吐かない。
強さと弱さは一心同体、どちらが勝ることも劣ることもない。
皆に平等に、与えられている。
だから甘えればいい、無理をする必要はないはずだ。
それでも彼は無理をする。
周りを拒絶し、自分をも拒絶して、心を無にしている。
彼には支えが必要なのに、会ったばかりの自分では力になれない。
カリンは、『ラウトと仲良くなる』ことを諦めかけている自分を奮い立たせようと、両頬を思いきり叩いた。
「イル、今日のこと……誰にも言わないでね。もちろん……ラウトにも」
「…………うん、分かった」
「その間……全然分かってないでしょ」
「あ、バレた?」
くすくす笑うイルに釣られ、カリンも笑みを零す。
安心したら急に眠気が襲ってきた。
欠伸が出てしまい、慌てて口元を押さえた。
「眠ったら? 僕、起きてるから」
「で、でも……」
「いいからいいから。ここには誰も入れないよ」
「う……それ、どういう……」
視界が霞み、脳が浮遊感を覚えた。
起きた時に隣にいたら、間違いなく文句を言われる。
だが、眠いという欲求には抗えなかった。
意識が闇へと落ちる。
カリンは、ラウトにもたれかかる形で眠ってしまった。
恋人同士が寄り添っているような微笑ましい光景。
「カメラ……持ってくれば良かったな」
月が雲に隠れ、闇が一層濃くなる。
暁闇……夜明けを迎えて間もなくの、最も暗い時間帯だ。
幸せそうに眠るカリンと、安心しきった様子のラウト。
そんな二人を眺めているのも、なかなかに楽しいものだが……イルには他に気になることがあった。
この一帯に張り巡らされた密度の濃い結界。
魔物の中にも結界を張れるものがいるが、これは雑魚には重すぎるほど強力なものだ。
未知の力を持った魔物か、それとも別の何かか。
答えは決まっていたが、その答えのせいでどうしても動く気になれなかった。