夜が近付くにつれ、気温が急激に下がってきた。
ラウトとイルは後ろを振り返り、同時に溜息をついた。
カリンは体を抱き締め、寒さに耐えている。
クラウドの顔にも疲労が現れていた。
ラウトは三年、イルは五年と、過酷な環境には慣れているが、二人は初めてだ。
多少は譲歩してやろうと思い、立ち止まった。
ラウトが木に寄りかかると、イルは奇妙なものでも見たかのように目を丸くさせる。
「キルバス公ー?」
「何ですか。さっさと貴方達も休んだらどうなんです」
「いやいやいやいや。それどういう風の吹き回し? 君らしくないよー」
「……気が向いただけです。ほら、休まないと身が保ちませんよ」
三人は顔を見合わせ、苦笑した。
よくイルのことをマイペースだと迷惑そうにしているが、ラウトも大概である。
カリン、クラウド、イルの三人が一本の大木を囲むようにして腰かけ、ラウトは一人で休憩をとっている、という形。
クラウドが飴、イルがクッキーを懐から出すのを横目に、ラウトは本当に何でもありだな、と思っていた。
規則なんてあったものじゃない。
真面目に規則を守っている自分が馬鹿らしく思えた。
「カリンちゃーん、クッキー食べる?」
「え、でも……いいのかな……」
ちらりと、ラウトの顔を盗み見る。
腕組みをし、瞳を閉じて何かを考え込んでいる。
邪魔しない方がいいのか、声をかけてもいいものか悩んでいると、切れ長の瞳がカリンを捉えた。
その漆黒の瞳があまりにも綺麗で、どきりとしてしまう。
見惚れていると、ラウトの眉間に皺が寄った。
「何なんですか。言いたいことがあるならはっきりとどうぞ」
「う、え、えっと……クッキー……」
「ああ、食べたいんですか。……咎められたいなら食べればいいでしょう」
「うえぇぇぇそれは嫌だなぁ……」
「心配しなくとも告げ口なんて真似はしません。そんな面倒なことをする暇があったら、第一図書にある資料や古文書を読んでいた方が有意義というものです」
ラウトなりの優しさだろうと思ったが、すかさずイルが笑顔で首を振った。
まるでカリンの思考を読んだかのように、絶妙なタイミングで。
「カリンちゃん、キルバス公が優しいわけないでしょ」
「な、何で分かっちゃうの!?」
「君って顔に出やすいからねー。キルバス公じゃなくても簡単簡単」
ラウトもそれには同感のようで、無言で首を縦に動かした。
透視能力を使うまでもなく、カリンの考えていることは分かるらしい。
納得できなくても、いくら自分ではポーカーフェイスを貫いているつもりでも、驚くほど顔に出ている。
カリンは眉根を下げ、項垂れた。
「今夜は野宿ですね。とりあえず……」
ラウトは徐に立ち上がり、左右に視線を巡らせた。
お目当てのものを見つけると、しゃがんでそれを拾い始める。
大きめの石と小枝。
それを集められるだけ集めた後、懐から火打石を取り出した。
これは……クラウドやイルのことは言えない。
これも学院から支給されたものではないからだ。
カリンが物言いたげに見つめていると、ラウトは舌打ちした。
「し、舌打ち!?」
「どうせ、自分も規則違反をしておいて偉そうに言うな、とでも思っているんでしょう」
「思ってないよっ! ラウトのことだから、森に入った時に拾っておいたんでしょ?」
カリンを除く三人は、カリンと互いの顔を交互に見た。
「それどういう反応!?」
「いや、カリンちゃんにしては珍しく冴えてるなと思って」
「ひどいよイルっ! それに何でイルが石のこと知ってるの? 違うチームなのに」
「うん、さっすがキルバス公だよねー」
「答えになってないよっ!」
カリンの怒声に驚いた鴉達が、一斉に飛び立った。