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院長のはからいにより新入寮組の双子は適性検査を免れた。
当然ながら課題は増量、締め切りも変わらずで大変な三日間を過ごしたけれど。
アグノと泣きながら課題を消化し何とか提出し終えたのだが、その翌日にとんでもないことを言われるのだった。

「あ、いたいた! 捜したよ二人共」
「えーっと……エデン先生っ」
「正解。もう名前を覚えてくれたんだね、嬉しいなぁ」

物腰の柔らかな男性は、嬉しそうに微笑む。
彼の笑顔を見ていると自然と頬が緩むから不思議だ。

二人して微笑み合っていたが、クラウドに用があるのではないかと指摘され、エデンは我に返る。
申し訳なさそうな顔に早変わりし、一枚の用紙を二人に渡した。
それに目を通したカリンは白化する。

「本当にごめん! もう適正検査は終わっているから後々でもいいんじゃないかって言ったんだけど、マグナム君が優遇は許さないって言い出して……!」
「エデンせんせ」
「サカキ院長も女性に弱いものだから彼女の意見に便乗しちゃって……僕がもっと強く言えれば良かったんだけど、さすがに院長には逆らえなくてね……確かに入寮試験は皆が受けるものだからマグナム君の言い分はもっともなんだけど無理矢理入寮させておいて横暴なんじゃないかと思うんだよね僕は!」
「エデンせんせ、落ち着いて」

クラウドに軽く肩を叩かれて平静を取り戻すが、その落ち込みようは尋常ではなかった。
エデンの周りにだけ黒い霧がかかったように沈んだ空気が漂っている。

「た、立ち話もなんだから、医務室にでも入ろうか……」

エデンに促され医務室に入ると、独特の臭いが鼻を突いた。
自分達はヒューマンだから少し臭う程度だが、臭いに敏感な獣人はここに入るだけで大変だろうなと心配してしまう。
エデンはノームだと聞いていたが、この部屋にいて平気なのだろうか。
鼻を押さえて入り口付近で立ち止まっている二人に、エデンは苦笑した。

「やっぱり臭うかぁ……僕は慣れてしまったから気にならないんだけどね。あ、こんな話がしたいんじゃなかった、試験の話だよね!」

エデンが自身の丸椅子に腰かけたのを見て、二人も傍にあった椅子にそれぞれ腰かける。

入寮試験とは、単純に言えば階級を決めるための試験。
優秀な生徒と組み、森で指定された『あるもの』を探し出す。
助っ人の存在が安心感を生むのだろうが、実際、助っ人はただ助言するだけで能力は一切使えない決まりになっている。
ペアを組んだ者も『あるもの』の在り処を知らない……それなのに何故二人一組にさせるのか。
それは新入寮生を殺させないためである。
森には指導員が呼び寄せた強力な魔物が野放しになっており、大変危険だ。
そんな危険な魔物を今まで放置していた理由は、院長の性格からすぐお分かりいただけると思う。
以前学院で実験のために飼っていたウルフの子を逃がしてしまったことが始まりだ。
最初は単に回収するのが面倒なだけだったが、どうせなら有効活用しやろうと思い立ったらしい。
召喚能力を持つ指導員に命じ、他の魔物も呼び寄せた。
結果、手が付けられないほどに凶暴化してしまったのだ。

この話を聞いて、今度はカリンの方が落ち込んでしまった。
難しそうだから嫌だ、なんて問題ではない。
下手したら死んでしまうではないか。
誰がパートナーになるかはまだ分からないが、自分だけでなくその生徒まで危険な目に遭わせてしまう。
院長が決定を下した以上逆らうことは許されないが……。

「私、嫌です。ペアを組んでくれる人を危険な目に遭わせちゃう……それにクラウドだって……」

弟かもしれない少年。
何でもなさそうな顔をしているが、実際は怖いに決まっている。
震える手でクラウドの手を握った。
彼は状況を理解したようで、黙って握り返してくれた。
クラウドを落ち着かせるつもりが、逆に自分が励まされる形となってしまう。

その様子を見ていたエデンが表情を緩めた。
緊張の糸が解けたようだ。

「君は……いや、君達はとても優しい子達だ。大丈夫、駄目だと思ったらペアの子に任せてしまえばいいから」
「でも私達がやらないと駄目なんですよね……?」
「形式的なものだからね、何とかなると思う。君達は能力を失っているんだから無理はさせられないよ」
「でもペアの子だって下手したら死んじゃうかもしれない……!」
「大丈夫、サポートができるくらいの優秀な生徒を付けてくれるから。そう簡単にやられたりしない」

困った時のパートナーなんだから、思う存分頼ってしまいなよ。
エデンの言葉と微笑みで肩の荷が下りた気がした。
硬くなっていた表情も徐々に緩んでいく。
やはりエデンには本来の能力以外に人を癒す力があるようだ。
ほんの少しだが、試験に希望を見出せた気がする。

「そうだよね、大丈夫だよね。一人で試験を受けるわけじゃないし、今までと同じ内容じゃないと思うもん!」

カリンは力強く頷き意気込んだ。
その思いを弾くように聞こえた靴音。
次いで耳を揺らした声に、カリンは背筋を伸ばした。

「試験は例年通り行う。学院側からは優秀な生徒を一名ずつ寄越す、それだけだ」
「それは……サポートは一切しない、ということですか……!?」
「例年通り、だからな」

にやりと含み笑いを浮かべた。
院長らしい意味ありげな笑み。
その存在感が有無を言わさんとする。
まったく、厄介な男だ。

サカキは双子を指差すと、目を細めた。
これは何かを企んでいる時の表情だ……。

「そうは言っても能力の欠けている者達相手では担当生徒も荷が重いだろう。……お前達には特別にラウト=キルバスとイル=ディーアを付けてやる」

カリンには願ってもない申し出だった。
二人は常に十位以内をキープしている成績優秀者だと聞いていたからだ。
どちらと組んでも安心できる。
そう思うカリンとは対照的に、エデンは首を大きく横に振っている。
彼らをこの二人と組ませることに反対なようだ。

「あの二人の扱いには指導員も手を焼いています! それは院長もご存知のはず……!」
「奴らの人生にもスパイスが必要であろう? ディーアなんかは嬉々として承諾していたがな。それに、奴らほど適任者はいない」
「ラウト君はともかくイル君は適任とは思えませんが……」
「能力的にはな。だが奴には何者にも勝る柔軟な思考がある。心理戦には持ってこいの男だ」

これまでの新入寮生は当然ながら能力を持っていた。
だから『あるもの』を探し出すための材料は彼らの中にあったと言える。
が、今回は能力を失った双子が対象。
いくら優秀な生徒を募ろうが、根本が欠けていては意味がない。
それを踏まえた上でのサカキの結論はこうだ。

パートナーと協力し、『あるもの』を探すことは今まで通り。
ただし、二人のパートナーである生徒は能力を自由に使っていい。
サポートは一切しないと取れるような素振りを見せたくせに、食えない男だ。

これを受けても、エデンはまだ納得いかない様子だった。

「確かにイル君は心理学においてトップの成績です。しかし、今回の試験とは何の関係もありません」

指定されたものを探し出し、持ち帰ることが目的になっている今回の試験で、イルの才能は戦力外。
奪い合うわけでも殺し合うわけでもないのに、何故『心理戦』なのか。

「助っ人が能力を扱えるとなればそれなりにハンディを入れねばならん」
「つまり……?」
「『対象』は動く」
「なっ……!」

サポートを期待した自分が馬鹿だった、カリンは溜息をついていた。
これでは逆に難易度が上がってしまっているではないか。

動くというなら、対象は恐らく生き物。
ある程度の頭脳や身体数値を教われば、イルなら間違いなく答えを導き出すだろう。
先程のサカキの言葉、『心理戦には持ってこいの男』と繋がったということだ。

「相手は相当の切れ者だ。せいぜい振り回されないように気を付けることだな」

してやったと高らかに笑い、去っていくサカキ。
本当に、滅茶苦茶だ。
エデンからの説明との落差が激しすぎる。
根本から覆っている気さえする。
そう考えた時、一つの結論が出た。
彼に何を言っても無駄だということ。
ここで平和な時間を少しでも過ごしたいのであれば、彼の指示に従った方がいい。
反論はさらなる苦を呼ぶ。
今のがいい例だ。

自分がしつこく反対したせいで逆に難易度を跳ね上げることになってしまった。
あの人がどういう性格なのかは嫌というほど分かりきっているのに……。
これは相当の落ち込みようだ。
しばらく立ち直りそうもないと判断したカリンは、クラウドを連れてその場から退散した。