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カリンはアグノと、クラウドはラウトと、それぞれ同室になった。
ラウトというのは例の冷ややかな青年。
院長に同室になったと聞かされた時の彼の眉間の皺は、今まで見たことがないくらい濃くなっていた。
いや、出会ってまだ一日も経っていないだろうというツッコミはできれば避けていただきたい。

とにかく、様々な者達を良きにしろ悪きにしろ巻き込んだ入寮だった。

「はぁ、イルうっぜぇ……」
「アル君、アル君、そういうのは本人を目の前にして言うことじゃないよね。心の中で言ってくれる? ちょーっと傷付くよ」
「はぁ、イル死ね」
「ねぇねぇ、人の話聞いてる?」

そんなやり取りを続けて栄養管理室まで来た時、やたらと騒いでいる女生徒を見つけた。
ここで騒ぐなんてことをする生徒は一人しかいない。
その姿を目に捉えた瞬間、アルスが回れ右をしたのは言うまでもないことだ。

「おはようカリンちゃん。昨日の今日なのに無駄に元気だね」
「落ち込んでなんかいられないもん! それに冷たい人ばかりじゃないって分かったし。イルもアグノも優しいっ」

『優しい』の四文字を耳に入れたアグノとアルスは、二人目を見合わせ溜息をつく。
そして眉間に皺を寄せたまま無言で首を振るのだった。

アルスに行くぞと急かされたアグノは、申し訳なさそうにカリンに一礼して別の席に着く。
約束をしていたわけではないが、部屋を出る流れで同じ席に着いていたため、少し寂しい気分になった。
ここで友達なんてものができると思っていなかっただけに、何かと気を配ってくれるアグノの存在は大きい。
気落ちしていると、イルが肩に手を乗せて苦笑した。

「いやいやカリンちゃん。アグノちゃんがアル君と一緒にいるのはいつものことなんだから気にすることないでしょ」
「いつもなの? 私深夜に来たばかりだから知らないよ……?」
「ああ、そうだったね。うーん……でも君とは初めて会った気がしないんだよねぇ……何でかな?」
「私に聞かれても困るんだけど……」

テーブルに視線を落とし、食事が運ばれてくるのをひたすら待ち続ける。
けれど運ばれてくる気配は一切なく、カリンは周りを見渡した。
皆同様に食事が配られている。
そして驚いたことに皆それぞれ違うメニューだ。
寮だなんていうから、皆同じメニューを食べるのかと思っていた。

「ん、んん?」
「あー、カリンちゃんは知らないんだっけ。食事も管理がやたらと厳しいんだ。その人に合ったものを出す、これが原則。申請はしたんだよね?」
「してないよ、聞いてないもん」
「あれれ? でも弟君はしっかり食べてるみたいだけど」
「う、うえぇぇぇ!? どどどどどういうこと!?」

前の席を見れば、海藻をふんだんに使った豪華なパスタを食べる弟の姿が。
何故、どうして、どうなって。
焦りはやがて悲しみに変わり、見る見るうちにカリンの顔が歪んでいく。

「ふはっ……何、その顔……!」
「ふ、え?」

泣き出したら普通焦るだろうと思う。
もしくは鬱陶しそうにしたり、煩いと怒鳴ったりする。
これは身近にいるあるハーフエルフの青年の例だ。

「くっしゅん」
「わー、可愛いくしゃみ」
「騒がしいですよ黙ってください。食事中は静かに」
「ふあーい」
「口に入れたまま喋らないでください行儀が悪いです」

前の席でこのようなやり取りが繰り広げられている中、カリンはイルが何故笑ったのか分からずにいた。
腹を抱えて笑っている。
何がそんなにおかしいのか……笑いのツボが変なのだろうか。
怪訝な目で見ていると、息ができず苦しそうに悶えるイルが弁解をし始める。

「っち、違うんだよ。ふ、は……!」

弁明したいのであれば、まずその笑いを止めることからしてもらいたいものだ。

「あー、笑った笑った」
「ひどいよイルっ!」
「ごめんってば。だって食事だけで泣ける君が面白おかしかったんだもん」

深く息を吐き、呼吸を整えた後、イルは微笑む。

彼の説明はこうだった。
クラウドのルームメイトであるラウトが、面倒事を引き起こさないためにも事前に申請を済ませていたのではないか。
姉は関係ないからと申請してやらなかったのも、彼らしいといえばらしいのだが。

「というわけだから、今回は食べられないね。はは、ご愁傷様」
「笑い事じゃないよっ!!」

朝昼晩の食事を一度でも抜くなんて、カリンにとっては死活問題だ。
悠々とスープを口に運ぶイルを見ていたら腹の虫が鳴き始める。
涎を垂らしそうな勢いでスープを覗き込んでいると、いきなりスプーンが目の前に現れた。
そしてそのまま口の中に突っ込まれ、その液体を飲み込んでしまった。

「うえぇぇ今の何!?」
「んん? スープ以外の何ものでもないと思うんだけど。ああ、そっちの魚や野菜も食べていいよ」

口に広がる香ばしい匂い。
少し舌にピリッとした感覚が走るが、実に美味だ。
輸入品だろうとは思うが、一体どこで仕入れてくるのか疑問だ。
それを悟ったのか、イルはスプーンを口に含みながら笑った。

「この山椒は東から仕入れているんだよ。まあ僕もそれほど詳しいわけじゃないけどね」
「東にはこんなに美味しいものがあるんだねっ。山椒、かあ」
「あれれ、もしかして山椒は初めて?」
「うんっ、初めて! 記憶がなくても一度食べたものは忘れない自信あるから!」

自信満々に拳を握りしめると、またもやイルが小刻みに震え始める。
後のことは言わずもがな、というやつだ。

「だから何で笑うの!?」
「ごめんごめん。でも、そうだね……君、実はかなりいいところのご令嬢だったりするかもね」
「ふえ?」

焼き魚に齧り付く令嬢がどこの世に存在するか。
口の周りに骨が沢山ついているのを発見し、どうすればそうなるのかと顔が笑ってしまう。
カリンが首を傾げたところで、我慢の限界を超えてしまった。

「ふはっ……さい、こ……!」

机に突っ伏したままイルは動かなくなった。
小刻みに震える肩が生きていることを証明しているが、息は一切できていないようだ。
笑い死になんてあり得ない、そう思い、急いで彼を机から離しにかかるのだった。