無言が続き、本来ならば静かで落ち着ける空間のはずなのだが……。
時折、ずずっという音が後方から聞こえてくるため、イライラしてしまう。
後ろを盗み見ると、予想通り彼は飴を舐めていた。
それも、某付きキャンディーを。
一体どこから出してくるのか、そもそもこれは違反なのではないのかと口出ししたくなる。
しかし、その怒りは口に出すことなく胸の内にしまっておいた。
そんなことをいちいち気にしている暇はない。
とにかく、指定のものを探さなければ。
そう思いクラウドに声をかけようとしたが、当の本人はまるでやる気がないようだ。
誰のせいでこんなことになっているのか考えろと言いたくなるが、言っても無駄、ここは我慢が肝心だ。
気を取り直し、ラウトは目を閉じた。
聞こえるのは木々のざわめきと、鴉の鳴声(ねなき)、羽音。
そして、かすかにだが火を焚く音がした。
ラウトはヒューマンとエルフの混種であるため、普通のエルフより聴覚に劣る。
だから、どこでその音がしているのか聞き取ることはできない。
だが、間違いなくそこに『獣以外の生物』がいることは確認できた。
院長の言葉とイルの態度から、それが何なのか予想はしていたので、焚き火の音からそれは確実のものとなりつつあった。
もしその予想が当たっていたなら、一日や二日では到底試験を終えられそうにない。
それだけ面倒な相手ということだ。
ラウトは目を開くと、後ろを振り返り眉をひそめた。
「離れていてください。正直、コントロールしきれるか分からない。今の状態では、ショートする確率の方が圧倒的に高いですから」
「ショート……?」
「能力の暴走。稀に起こる現象です」
能力を制御しきれていない未熟な状態で、広範囲に渡る能力の発動を行なった場合に起こる暴走。
マレディツィオーネと呼ばれるウイルスに感染し、闇に呑み込まれるように消えてしまう。
ひどい場合、周囲を巻き込むこともある。
ラウトはまだ三期生で、SEI階級を与えられているといっても能力面ではまだまだ未熟だ。
普通の三期生よりは優れているが、能力に目覚めてからの期間は、やはり短い。
そこに疲労が上乗せされれば、さらにリスクは高まるだろう。
クラウドがどうなろうと知ったことではないが、それは学院の決定に背くことになる。
研究体として学院に『繋がれている』以上、巻き込むわけにはいかなかった。
再び目を閉じ、神経を集中させる。
クラウドが離れたのを確認すると、ふっと息を吐き、静かに目を開いた。
その瞬間、漆黒の瞳が紅に変わる。
瞳孔が完全に開ききった状態で、ラウトは何かを探し始めた。
「見つけた……」
西の方向に生体反応を確認したが、それが何なのかまでは確認できなかった。
もっと能力数値を上げれば分かるのだろうが、さすがに危険と判断し、目を閉じた。
目を開くと、元の色に戻っていた。
額には汗が滲み、肩で息をする。
心配になり駆けつけてきたクラウドは、ラウトの肩に触れようとした。
だが、その手を払いのけられてしまう。
行き場のない手が、空を彷徨った。
「西の方向に生体反応を確認しました。人型をしていたので、イル達か、対象でしょうね」
「ラウトの、能力?」
「……『透視』は心を読むだけの能力ではない。こういう使い方もあるんですよ」
汗を拭い、そう説明した。
ラウトは、まだ辛そうに見える。
クラウドは伸ばしかけた手を引っ込めた。
仲良くなりたいと思っても、彼と分かり合える日は未来永劫来ない気がしたからだ。
拒絶を恐れ、歩み寄ることを諦めてしまった。
(カリンちゃん……僕は、優しくないよ)
彼には『ぬくもり』が必要なのに、自分のことばかり考えている。
そんな自分が、優しいはずない。
姉の笑顔を思い浮かべ、目を伏せて歩き出した。