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森が震える。
それと同時、一斉に鴉が飛び立った。

クラウドは足を止め、後ろを振り返った。
――嫌な予感がする。
この森には双子の姉、カリンがいる。
イルが一緒とはいえ、何が起こるか分からない危険区域だ。
離れているのが不安で、今すぐにでも彼女の元へ駆けつけたくなる。
だが、それは不可能だ。

立ち止まったまま動こうとしないクラウド。
痺れを切らしたラウトは、クラウドを睨み付け、面倒臭そうに溜息をついた。

「立ち止まられると迷惑なんですが」
「ん、今行く」

嫌に聞き分けがいい。
姉が心配だから引き返すと言い出すかと思ったが、すんなりと受け入れた。
それなりに分は弁えている様子。
少し意外だ。
が、この重要な試験中に飴を舐めるのはいかがなものか。
姉とは違って顔に出にくいクラウドだが、飴を舐めている時は何となく顔の筋肉が緩くなっているように見える。
傍でそんな呑気かつ締まりのない顔をされたら、やる気が半減してしまう。
元々、ほとんどなかったやる気だから、今のでほぼ0に近くなったと言ってもいいだろう。

無駄な思考を巡らせている自分に気付き、慌てて眉間に指を当てた。
今は試験中なのだから、不本意ながらも集中しなければ。
短く息を吐き出し、前を見つめる。
深く、暗い森の奥……自分が目指すのは、考えるのはそれだけでいい。
『対象』を捕らえることだけ考えていればいい。
邪念をかき消すように、今度は深く長く息を吐いた。

「ねーねーラウト」
「……何ですか」
「これ、何かな?」

クラウドが指差す先を見ると、いかにもといった怪しげな植物が咲いていた。

「不容易に触れないでください。責任は全て俺に……」
「痛っ。う、棘……」
「言っているそばからそれですか……!」

棘より痛いラウトの視線を受けながらも、それに構うことなく傷口を舐めていられるクラウドは、ある意味で大物だ。
苛立ちを何とか抑え、クラウドの腕を掴んだ。
流れ込んできたのは『カリンちゃんは大丈夫かな?』『カリンちゃんが心配』など、姉を心配する感情ばかり。
この姉弟は、本当に裏表がない。
感情を読むことが辛くなるほどに、真っ直ぐだ。

「ラウト?」
「……っ、いえ、何でもありません。念のため、この薬を飲んでください」

制服のポケットから錠剤を取り出し、クラウドに手渡す。
クラウドは、それとラウトとを交互に見て、首を傾げた。
というのも、指導員から渡されたショルダーバッグに入っているのは、傷薬と包帯、小型ナイフのみだったからだ。

「……貴方が言いたいことは何となく分かりますが、今は何も言わずに飲んでください」
「ん、分かった」
「それで納得するのもどうかと思うんですが……」

言われたとおり素直に薬を飲むクラウド。
彼につっこむだけ無駄だと分かってはいるのだが、性分ゆえにどうしても口をついて出てしまう。

水も何もない状況なので、実に飲みづらそうだ。
何日かかるか分からないのに、水ぐらい用意しておけと思わなくもない。
だが、それが昔からの学院の方針だ、従う他ない。
逆らった者がどんな末路を辿ったか……知らないわけではないから。

クラウドが喉を鳴らしたことで、我に返った。
また、余計なことを考えて……。

「飲んだよ」
「ああ、そうですか。それで毒の効力は抑えられると思いますが、気分が悪くなったら言ってください」
「優しいね、ラウト」
「……ああ、重要な言葉が欠けていました。俺が動きづらくなるので気分が悪くなったら言ってください、捨てていきます」

さらりと毒づき、クラウドを置いてさっさと行ってしまう。
クラウドとラウトでは、身長差もさることながら、歩幅にも相当に差がある。
クラウドは、見失わないよう足を早めた。

森の奥を見つめるラウトの顔には、苦渋の色が滲んでいた。