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大きな門をくぐると、同じ服装をした男女が数十名並んでいた。
青年は目で数を確認し、随分と減ったものですねと呟いた。
それが何を意味するのかはカリンも知っている。
唇を噛み、胸の辺りで手を握り締めた。

「遅かったね、キルバス公」
「ええ……少々面倒事に巻き込まれてしまいまして。イル、院長はどこです?」
「面倒事って後ろの子達?」
「だから俺は院長をと……!」

青年の肩を掴んでこちらを覗く彼。
エルフの青年も綺麗だと思ったが、このイルという青年も負けてはいない。
彼とはまた別の美しさがある。
右目の泣き黒子が色っぽさを演出し、彼が微笑めば大抵の女は落ちるのではないかと思うほどだ。

「あらら、やけに眠そうだねそっちの彼」
「えっと、クラウド? ……だっけ。多分寝ていないから……」
「あれれ、やけに他人行儀だね? そっくりってことは双子でしょ?」

二人を交互に、嘗め回すように上下左右を見ていく。
カリンは居心地悪そうにしているが、クラウドはさほど気にならないようで飴を舐め続けている。

二人の観察に夢中でなかなか院長とやらの居場所を教えないイルに苛立ち、青年は彼に触れようとした。
それは彼が最も嫌う行為であり、そうすれば嫌でも動くということを知っているからだ。
案の定イルは素早く掌を返し青年の手を避ける。
貼り付けたような満面の笑みでもう一度こちらを見てから、イルは青年と共に奥へ消えていった。

再び静寂が訪れる。
得体の知れない子供が二人もいるのだから盗み見ることくらいあってもいいはず。
だが、そこにいる全ての『生徒』が二人に興味を示すことはなかった。

「ね、ねぇ、何か皆怖い顔してるね」
「ん。もっと笑えばいいのに、楽しいと思う」

そういうクラウドも全く表情が変わらないのだが。
飴を舐めていても美味しそうな顔を見せないし、この状況で気まずい顔一つしない。
唯一彼の笑顔を目撃しているカリンは、笑えば可愛いのにと思ってしまう。
苦笑いが顔を埋めた。

「あの、そちらの方……?」
「え、あ、はい!?」
「えっと、その……この学院へは何をしに? 入寮生……というわけではありません、よね……?」

遠慮がちに声をかけてきたのは同年代くらいの女生徒。
カリン達とそう変わらない歳に見えるのに、妙に落ち着きがあって優しい雰囲気だ。

「う、うん……気付いたら森の中にいて、さっきのエルフさんに助けてもらって……」
「まあ、ラウト様に? ということは相当にひどい扱いをされたのでは!?」
「ううん、ううん! 右も左も分からないところで戸惑っていたから本当に助かったんだよっ。……ちょっと意地悪だけど、いい人だと思うな」

いい人というのは誤解ではないだろうか、とアグノは眉根を寄せた。
少なくとも自分の方が彼がどんな男であるか知っている。
あの誰も寄せつけようとしない冷ややかな態度は今でも恐ろしいと思う。
全身で他者を拒絶する様は、指導員であっても尻込みしてしまう。

「……心配ですね。彼が他人を捨て置かないなんてあり得ないことなんです。だから貴女達を捕らえて逃がさないつもりなのでは……」
「あ、多分そうっ! さっきね、繋ぐって言われた」
「繋ぐですって……!? 女性に対して何と無礼なことを……!」

この女生徒、どうやら思っていたほど落ち着いているというわけでもないようだ。
見た目とは裏腹に、沸点が低いらしい。

「私、アグノ=ユーア=シェインと申します。お名前を伺っても……?」
「カリンって言うの。そっちの子はクラウド。多分、双子なんだと思う」
「多分……?」
「うん、覚えてないの。だから分からない」

苦笑するカリンを見ていると、胸が締め付けられる思いになる。
『彼女』とはかけ離れているけれど、何故か面影はあって。

無言のまま立ち尽くしていたアグノだったが、視界に入った姿に我を取り戻す。
カリンに一礼し、先程いた場所まで戻っていった。
彼女が視界に捉えたのは他でもない、アビリタ能力開発学院長である。
長く美しい銀の髪。
女性かと思うほどにしなやかな動きで、生徒達の前に立つ。

院長の隣にいたエルフの青年がこちらを指差す。
カリン達をその瞳に映した時、院長の眉が少しだけ動いた。

「ほぉ、これは面白い。まさかこんなところでとはな」
「院長……?」

生徒が開けた道を優雅に通り抜け、カリンの前へと立つ。
面白そうに口角を上げ、皆の方を振り返った。

「この者達は記憶と能力を失っておる」

院長の言葉に一同は騒ぎ出す。
一部は相変わらず興味なさそうに彼の話に耳を傾けているけれど。
だが、次の瞬間に全てが反応を示すことになる。

「この二人は我が預かる。良いな?」

ざわりと、一層ざわめきが大きくなった。
院長が預かるということは、すなわち学院に置くということ。
これには今まで黙っていた者達も異を唱え始める。

「私は納得できませんが」
「リートの言う通りだな。身元も知れねぇヒューマンを入寮させることに意味なんかねぇだろ」

彼らの言い分も一理ある。
アビリタは能力の研究のための施設。
能力を持たない者を入れることは認められない。
カリンとクラウドには能力はないはずだ。
けれど、そうも言いきれないのが難しいところ。
院長が『この二人は能力を失っている』と言ったのだから間違いではないだろうが、かといって納得できるものでもない。

「我はこの者達を『研究体』として繋ぐと言っておるのだぞ」
「う、え……?」
「何を驚いている? 少しでもこちら側に触れたのだ、それくらいの覚悟はしてもらわんとな」

冷ややかに言い放たれた一言により、騒いでいた生徒達は皆黙り込んだ。
冗談でないことが理解できたからだ。
皆納得こそしていないものの、譲歩はしているようだった。

「逃がさんぞ、決してな」

院長の緩んだ口元が、トランプに描かれた道化師のようだと思った。
その後ろに並ぶ生徒達も嘘で塗り固められているようで恐ろしい。
悪い夢だと、そう思いたかった。

無意識のうちにクラウドの手を握り締める。
その温もりだけが、今唯一安心できるものだった。