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月光の差す丘にいた。
何かあるわけではない、気付いたらそこにいたというのが正しいだろう。
静かに佇む少年の顔があまりにも自分に似ていて、すっとその頬に手を伸ばした。
少年もまた、それを受け入れる。

記憶はない。
どこへ落としてきたのか、何も覚えていないのだ。
それは目の前の彼も同様で、自分の掌を見つめて固まっている。
言葉を交わす必要はなかった。
触れているところから、温かさが伝わってくる。
それは生きている証。
指先から交わった体温が身体中を巡る血液と共鳴しているように感じられた。

鮮やかな緑が風に揺れ、闇へと溶かされることなくそこにある。
自分と同じ紺の瞳を見ていると変に緊張してしまう。
相手もそうなのだろうか。
震える唇を必死に動かし、何か伝えようとするも上手くいかない。

「似てるね、僕達」
「え……?」

口を開いたのは少年の方が先だった。
よく似た顔に描かれたのは屈託のない笑顔。
場に見合わぬそれに、緊張の糸が解けていった。

「何ですか、貴方達は……!」

鋭い風が一吹きした後、現れた存在に息を呑んだ。
すらりと伸びた長く細い手足、白い肌、漆黒の瞳。
そして天へ突き上げるように伸びた大きな耳は、エルフ特有のものだ。
自分達とは似ているようで明らかな違いを持つ種、美しい容姿を持つ青年。
その存在感と幻想的な姿に少女は言葉を失う。

「ここで何をしているのです。……どうやってここまで来たのですか」
「わ、分からない……気付いたらここにいたの」
「分からない……? 何
少女の隣を一瞥し、怪訝な表情をする。
この少年をどう解釈するかはもちろん彼の自由だが……『瓜二つ』というおまけ付きなら、すでに答えは出ている。
二人は双子、家族だ。
それなのに他人行儀に見えてしまうのは、やはり二人共が記憶を失っているということなのか。

「……記憶喪失、ですか」
「でも名前は覚えてるんだよ? えっとね、カ……」
「名前など必要ありません。貴女と馴れ合うつもりはない。繋がれる者と繋ぐ者、相容れるとお思いですか?」
「つ、つなぐ……?」
「侵入者は捕らえなければなりません。記憶を失っていることが本当だとしても貴女達をここから逃がすつもりはないですから」
「そんな……!」

冷たく黒光りする瞳に見下ろされ、体は強張る。
衝動的に逃げ出したくなる。
痛みが、ひどく脳内を打った。

少年は立ち上がる。
戸惑う少女の横を通り過ぎていく。
何の迷いも見せることなく青年の元へと駆け寄った。
なかなか立ち上がることのできない少女に手を差し伸べ、先程と同じ可愛らしい笑顔を向けてくれる。
少女は、その顔に似合わず男らしい掌に吸い込まれるように手を伸ばしていた。